「明ける」



ちょうど良く来た快速特急に乗ると、僕と同じように一足早く帰省先から東京へ向かう人がまばらに席に座っている。



くったりとした幼稚園くらいの女の子を膝に乗せて一緒に眠ってしまっている男は、もしかしたら僕と同じくらいの年齢じゃないだろうか。
いやもうちょっと年上だろう、2歳でも3歳でもいいから年上であってほしい、と思う。
少しだけ早く生まれたから少し早く結婚して子供がいるんだ、と勝手に納得したい。



12月31日は、同じゲームキャラを推す仲間とイベントに行き、カウントダウンをした。

普段はスマホかテレビのサイズでしか見れないキャラがスクリーンに映し出され、何度も見たことがある映像でも十分楽しいのに、カウントダウン用の映像や衣装、特典ダウンロードができるコードももらえた。



しかもその声優の水田麻里安、そう、まりあーぬが、キャラと同じ格好髪型、もう僕らがずっと聞きたい生の声で歌ってダンスして目の前にいるんだから、そりゃあもう最高の年越しだった。
35歳にもなってバカみたいだと言う奴もいるけど、そんな話はどうだっていいんだ、いかに僕らの力でキャラとまりあーぬを押し上げていけるか、それだけしか考えていないんだから。



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僕と仲間はそのキャラクターを単推ししているというだけしか共通点がないはずなのに、まるでずっと学校生活を送ってきた同級生のようにはしゃぐことができるし、何かイベントのたびに助け合って最高な日を過ごすことができた。



それなのにカウントダウンから1日しかたたないタイミングで、まりあーぬのスキャンダルが出た。
僕はそんなの信じていなかったけれど、仲間の何人かがラインで週刊誌のページを撮って送ってくれた。



そこには、同じ声優で最近はアニメの舞台に出演している男性声優と、まりあーぬが一緒に映っていた。



まりあーぬはふわふわしたコートを着て、その手が男のポケットの中に突っ込まれている。
いやいやいやいやおかしいだろ、カメラワークがそう見えるように撮ってるだけだろ、と思いながら送られた写真をダウンロードして拡大してみたり、そばにあるコンビニに寄ってそのページだけ開いて20分ちかく写真をいろんな角度から見た。



まりあーぬは、六本木のイルミネーションを見るために男と列に並び、イルミネーションの中を歩きながら男と何度も自撮りをしていた。
いつも写真を撮るときには、キャラと同じように手をパーにしてウインクをするのが常なのに、男の顔に顔を近づけて口を尖らせたりしている。



こんなことがあっていいのか、と僕は仲間に言ったけれど、仲間たちは僕が思っていたよりずっと素っ気ない反応だった。



そりゃそうだ、まりあーぬだってもう30歳だしwww、とか、ラジオ謝罪だなぁとか、なかには、同じイルミネーション彼女と見に行こうと思ってたとこだった、などと言い出す奴もいた。
おまえらそれでも推してたのか、ほんとにいいのかそれで、と言いたくなったけれど、僕だけがガチみたいになるのが嫌で、結局、だな
wwwとしか返せなかった。



カウントダウンのあと騒いだ帰り、僕は今ひとりぼっちだ、と急に思った。
いつもならスマホを取り出してゲームをしたり、まりあーぬや他の声優の
SNSを何度も見たものでも遡って読む時間になるのに、僕は一人だ、ということをまりあーぬにも仲間にも突きつけられた気がする。



SNSを開いても、あけましておめでとう、と言ってくれるのは両親と兄くらいで、そんな兄のメッセージにも3歳になる子供とチワワの写真が添えられている。



だめだだめだと思いながらSNSを見て行くと、卒業以来1回も会っていない同級生たちが、彼女や奥さんや子供や友人たちとの写真がこれでもかというほど画面を流れていく。
イベント最高、と書いた自分のページにはコメントがなく、自分でアップしたまりあーぬのキャラが門松の間で正座をしている画像が僕をまっすぐ見つめてきた。



スマホから顔を話しても電車の窓に映った自分の顔が他人みたいに目を合わせてくる。



本当はもう知っていたんだ。
まりあーぬだって彼氏くらいいるけど、仕事だから僕らが喜ぶようなことを言ってくれること。
俳優と結婚でもしたらスパッと声優をやめていくかもしれないこと。



推し推し言っていたって、他に良いと思うキャラや声優があらわれれば推しが変わっていくこと。
どれだけ応援したくて
CDを買いまくっても、上には上がいて、一度のイベントで50枚くらい軽く買える奴がいること。
僕と同じ気持ちで同じようにイベントにいるはずなのに、そいつは会社を経営していたりして、お金も責任も、結婚して子供だっていること。
同じように見えて、全然同じじゃなかった。



自分の見ているものが変わらないだけで、怖いほどまわりの現実は変わっていくこと。
僕は分かっているはずだった。
それでも、なんで僕はこのままでいいと思ってきたのだろう。



どこかで選択を変えてみたら、かわいい女の子と同棲をしていたかもしれないし、結婚や父親になっていたかもしれない。
そうじゃなくたって、派遣のような働き方をして古いアパートに住む生活じゃなくて、車を買ったり、海外旅行へ行ったり、そんなことだって出来たはずだった。



少しでも人がいそうな駅から帰りたい、と思い、乗り換えをして少し家から遠い駅で降りる。
ここなら本屋が併設されたカフェもあるし、コンビニも家までに3軒ある。
ひとりぼっちだと感じる夜は、少しでも気を紛らわせて帰りたい。



元旦から1月2日になろうとしているのに、本屋カフェには人がまばらに座っているのが見えた。



吸い寄せられるように本屋へ入ると、カフェモカみたいな苦くて甘い匂いが漂っている。
レジにはアルバイトの若い店員が2人いて、客がメニューを指差して注文している。
奥には、パソコンを打ちながら画面を見ている男の背中や、ピンクと水玉のスーツケースを持った女子がテーブルに向かい合っている。

僕は少し安心して新刊コーナーで本の表紙をじっくりみた。



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先週なら買わなかっただろうタイトルの本を手にとり、一昨日だったら買わなかっただろう新書も3冊買った。



ここにいる人たちがみんな寂しいわけじゃない、と思う。
帰ったら家族が出迎えてくれるんだろうし、地方から出て来ても友達がたくさんいるだろうと思う。
それでも、ここにいるみんなが寂しければいい、とも思う。



レジを打っている子に、真面目な顔で本を読んでいる男に、ほしくもない雑誌を付録のために買おうと迷っている女に、ひとりひとりに、ぼっちですか?と声をかけたくなる衝動が起こる。
話しかけたくなるのを抑えて、大きな袋に詰め込んだキャラグッズの上に本を乗せた。
ぐっと重くなって、手のひらに力を込めて、細い持ち手のひもを掴み直した。



本屋カフェを出ると、一度温かい場所にいたからか、さっきよりも寒さを感じなかった。



コンビニで、食べるかどうかもわからないパンを買い、お正月だから少しでもお正月らしくなるように"寿"、が浮かんだかまぼこを買った。
レジの外国人の若い男に、あけましておめでとう、と心の中で声をかけた。



アパートにつくと、みんな帰省でもしているのか、全く人の気配を感じなかった。
ワンルームの部屋で、お笑い番組をつけっぱなしで眠っているのかもしれない。



鍵をさしこみ、部屋に入る。
古くなったスニーカーが斜めに転がっていて、これが友達のものだったらいいのにと思いながら、電気をつけ、誰もいない部屋にただいまぁと呟く。



無音が耐えられない気がして、テレビをつける。
やっぱり芸人がかわるがわる芸をして笑いをとっている。
お正月だからか、ベテランの芸人が盛り上げるように大きな声で煽り、さらに若手がボケてまた笑う。

CMに切り替わり、家族親戚友達が集まって新年の料理をかこんでいる映像が流れて、消える。



コンビニの袋を床におき、座椅子に腰をかけた。
僕はきっと寂しい。世間的に見ても、30半ば、彼女なし、一番の幸せは声優イベントだなんて、誰がみても寂しいだろうと思う。



せめて大掃除をしておいてよかった、と天井を見上げた。
着ない服はすべて売っておいたし、生ゴミも、ビールや焼酎の瓶も出しておいた。
普段しない家具の裏のホコリも取ったし、エアコンのフィルターも風呂の排水溝も掃除をした。



今の僕は、何も持っていないように見えるけれど、無駄なものは塵ひとつも持っていないんだ。
手放せないものもないし、何かを守るために怖がることもない。
ひとりぼっちでも、部屋が僕を落ち着かせてくれている気がする。
年を越そうが越すまいが、雪が降ろうが風が吹こうが、僕はここにいればいい。



冷たい床に寝転がって、ため息をつくと、何でもありそうで何もない、何もなさそうで何かありそうな、そんな気がした。
きっとこうしているうちに、平和に正月が終わる。いつか僕が明けていく。