「あれ、マイコ新しいバッグ買った?」
1限の教室で一番目立たない真ん中端っこの席を取っていた私に、マイコがバッグを机に乗せて、気づいた!?と嬉しそうな顔をした。朝イチだから化粧がまだ濃くて馴染んでいないように見える。
「昨日買ったんだよねー。なんだかんだでA4入るサイズにしちゃった」
「だね、バッグ持ってレジュメも持ち歩くとかめんどうね」
昨日までマイコは財布とスマホくらいしか入らないショルダーバッグに、キャンバス地のトートバッグを2個持ちしていたのを思い出した。
「あのトート見てて好きだったんだけどなぁ、なんか外国のっぽくてオシャレで」
「え、ほんと? なんだ早く言ってよ。もう使わないからあげよっか?」
「え、悪いよー」
「ゆみかは遠慮しすぎだから。こないだもタピオカジュース一口あげよっかって言ったら、いいいいって言ってたじゃん」
「いや、なんか悪いかなぁって思ったん」
たん? と言ってマイコが笑う。入学して1ヶ月がたっていつのまにか方言らしい方言は出なくなったけれど、どっかへんなんだな、とマイコの反応で分かる。
「マジでほしいなら明日持ってくるよ。遠慮とかマジいらないし」
ほしいほしいほしい、と思いながら、じゃあ少し使わせてもらおうかな、と言うと、また遠慮〜! とマイコが笑った。
「使わないより誰かに使ってもらったほうがバッグも喜ぶし」
「うん、ありがと」
マイコは忘れないようにーとつぶやきながらスマホに明日バッグと予定入力をしてくれた。
「新しいのもかわいいね」
マイコの新しいバッグを触ってみると、白地が少しざらっとした質感で、ブランド名がゴールドで小さく書かれていて、ゴールドのロゴ飾りが持ち手のところからぶら下がっていた。
「マイコこれ高そうー」
「元々は結構するかも。でもセールで買ったからそうでもなかったよ」
「セール早いんね?」
「3日間やっててさ、ホールみたいなとこで。駅の向こうのバスで10分くらいで行けるとこだよ」
「よくそういうの気づくねマイコ」
「前に買いものしたときに登録したから案内が届いたの」
「へー。高そう。いくらくらい?」
「これ2万5千だったかな」
「高っ。もといくらするの?」
「4万くらいかな」
「よんまんっ!」
「だってマイケルのだもん」
「マイケル?」
「マイケルローズだよ、え、ゆみか知らないの?」
「知らないよーう」
「マジで! 覚えておきなよ、人気人気」
私は、マイコのバッグを見ながら、マイコがマイケルのバッグ、マイコのバッグがマイケルのバッグ、と心の中で復唱した。
「覚えた、たぶん」
「すんごいかわいくて思わず色違いで買っちゃうとこだったけどマジがまんした」
えらいー、と言いながら、2個あったら家賃だわ、と声に出さずにツッコんだ。
「ゆみかさ、今日行くでしょ? 新歓」
マイコは大事そうにバッグを机の下に置いて、テキストを取り出した。
「どこのだっけ?」
「テニサーの。前言ってたじゃん、高田馬場とか行ったことないから新歓あったら出ようかなって、今日だよ」
「そっか、じゃあ行こうかね」
「だよね。5限終わりに3女の先輩が門前で待っててくれるって書いてあったから一緒に行こっ」
知らない先輩や他大学の男子が混じった新歓はいくつか行ったけど慣れなくて、マイコがいなかったら私は行けないというのを自覚していた。
がぜん楽しみになってきたわーマジ授業早く終わらないかなぁ、と言いながら笑った。
「へー地方なんだ。なんかかわいいじゃん方言とか」
そういうテニサーの他大学の男子に言われ、いえいえいえいえいえ、と顔の前で手をブンブン振った。
「ほんとかわいいんですよ、ゆみかっていつも」
マイコがそう言いながら会話に入ってきた。
「マイコちゃんはなんでうちの新歓来ようと思ったの?」
男子の先輩に言われ、マイコは満面の笑顔で答える。
「わたしテニスとかやったことなくて、運動神経も全然ないんですよぉ、でもせっかくだしやってみたいなって思って」
マイコが言うと、ぜひぜひ一緒にやろうよー、と男子が数人で言う。
「マイコちゃんうちのサークルTシャツも似合うと思うよ」
同じ大学の2女の先輩がそう言って誘う。
「写真見ましたー! 桃色シャツに白字なんですよね、あれ欲しいです〜」
そう答えるマイコに、じゃあもううちのサークルに入るで決定だね、と先輩たちが言った。
え〜じゃあそうしよっかなぁ、と言いながらマイコが私を見る。
「お友達も一緒に、ね?」
そういう3男らしい先輩に、私は作り笑って、ですねぇ〜、と言った。
マイコのことはマイコちゃんマイコちゃんと言うのに、私はいつまでお友達って呼ばれるんだろう、と思うと、このサークルでいいのだろうか、と本気で思った。
「じゃあ、入ります!」
マイコが宣言するように手を挙げて言うと、先輩たちが、おおお〜と声を上げ、メニュー持って来てメニュー、と盛り上がった。
「新入生入りましたー! もう今日は好きなだけ飲んで食べて。俺らが払うからどんどん飲んじゃって」
「じゃあ、生絞りオレンジサワーお願いしまぁす!」
そう言うマイコに、あぁこの子酔ってるんだと初めて気づいた。
「お友達もお友達も」
「あ、じゃあ、トロピカルマンゴーで」
私がノンアルコールを選んで言うと、先輩は、早押しクイズのように呼び出しボタンを勢いよく押した。
マイコは飲んでいたカクテルらしくグラスをぐっと飲み干して、私に寄りかかり、マジ楽しいんですけど、と私の耳元で言った。
来週一緒にテニスラケット見に行こうよ、たしか渋谷のさハチ公の逆のほうの出口の近くにあったと思うんだよね、ラケットの手元に巻くやつとか張り替えるやつとかももう買っちゃったほうがいいのかなぁ、サークルのTシャツ着て練習するなら短パンは白が合うよねぇどうしようどこで買おうー、もうすぐ夏だからキャップもいるよねー、学校でたまに先輩っぽい人がテニス用の背負うバッグ持ってるじゃん? あれあったらやっぱり便利だよねぇー、あ、シューズもテニス用のがいるよね。
私の肩にもたれかけて、永遠にしゃべりつづけるんじゃないかという口調でマイコが言う。
渋谷のハチ公口以外の口はどんなところなのか私には分からない。
ね、ね、と言われるたびに、そうだねぇ、うん、うん、と返しながら、お金かかりすぎだろがと言いたい気持ちを抑えて、シューズは普通のスニーカーでいいんじゃないかね? とだけ返した。
マイコは、そっかぁ、とかわいらしく首をくねらせて笑った。
きっとサークルのある日は、昨日買ったばかりのバッグはもう用無しになるんだとうと思いながら、運ばれてきたトロピカルマンゴーを受け取った。
メニューではさくらんぼやマンゴーが乗っていたはずなのに、何もないただの甘すぎるオレンジ色のジュースだった。