ゆみか、ほらっゆみか! と言うお母さんに促されて大学の門の前に立った。
見上げる高さの校門は、空に突き刺さるように先が尖っていて、なんだか少し不安になった。
撮りましょうか、次に写真を撮る為に待っていた同じ新入生の親子が声をかけてくれ、あらまぁあらあら親切にどうもぉ、と一緒に門の前に立つお母さんに、あぁ私たちは上京してきた感じがすごいんだろうな、と思った。
撮ってくれた親子に撮りましょうか、と言うと、お願いします、と言うので、同級生だろう子のスマホを受け取って彼女達にレンズを向けた。
あぁなんて綺麗なんだ、と思った。
桜はもう散ってしまっていたけれど、桜のはなびらが足元をまばらに桃色に染めていて、彼女の白い肌が陽にさらされてとても綺麗に見える。スマホの効果だろうと思ったけれど、なんのアプリも起動してなくて、カメラそのままの状態であることに内心焦った。
こんなにかわいいんだ、とシャッターを押して、もう1枚、と言いながら彼女を画面越しに見た。
黒いスーツに白いシャツは一緒なのに、形が微妙にちがっていた。
彼女のスカートはAラインで裾が軽く揺れるように広がっていて、ボタンもシングルでウエストが強調されている。
ブラウスも襟が丸みをおびていて、私の田舎で一番の私立の女子高の制服みたいに清楚さを醸し出していた。
何と言っても髪型が似合っていた。前髪を目の上のギリギリのラインで巻いていて、肩下までのストレートの毛先を内側に巻いていた。
ほんのり茶色がかっているのも憧れて見えた。
それは地毛なの? スーツどこで買ったの? ヒールきつくない? そのバッグ雑誌で色違い見た事ある! 聞きたいことはいろいろあったけれど、あんた何をするにも遅いんだから早めに行きなさい、という母に促されてタイミングを逃してしまった。
校門の先のゆるい坂をのぼると、藤棚が見え、煉瓦でできたアーチに蔦がからまっている校舎が見えてきて、あぁ私ここの大学生になれたんだ、と改めて思った。
母と別れ、学部ごとの案内にしたがって教室へ向かった。母は入学式をするホールに早めに入るらしく、私は、じゃあと手を振った。
教室は高校よりも古いはずなのにオシャレに見えて、黒板の大きさに緊張し、学籍番号順の席を探しながら、同じ学部の子のひとりひとりを観察した。
170112というシールの番号と手元の学生証の番号を3回くらい確かめて座ると、奥に座っていた子が、荷物をどけてくれた。電車やレストランで他人がするようなやりかたで少しひるんだけれど、目が合うと、笑ってくれた。
その顔が高校時代のクラスメイトに似ていて、仲良くなれそうな気がした。
「はじめまして」
私が声をかけると、相手は、あっ、と言って答えてくれた。
「はじめまして。安西麻衣子です」
「あ、佐野由実可です」
「ゆみかちゃん、私のことはマイコでいいよ」
「え、あ、じゃあ私のこともゆみかでいいよ」
「だよね!」
「だ、だよ、ね?」
「だって大学生って結構呼び捨てじゃん、みんな」
「あ、そうなんだ」
「そうだ、ゆみかは家どこなの?近く?」
急な呼び捨てとズカズカと話をはじめるマイコに少し引き気味になりながら、大学生ってこういうものなのかなと思いながら笑顔をつくった。
「あ、地方なの」
「へー、そうなんだ。私は町田なんだ」
「へぇ、近いの?」
町田というのが都内なのか他の県なのかもいまいち分からなかった。
「あーだよね知らないよね、都内だけど端っこって感じだよー結構かかるから一人暮らししたいんだよね」
「へぇ」
「あ、ゆみかはもしかして一人暮らしなの?」
「うん、そう」
「まじかー、いーなぁ、あ、こんど遊びにいっていい?」
「あ、うん、いいよ、もちろん」
マイコがうちに来て私たちはどんな話をしたらいいんだろうか、とぼんやり思いながら、マイコの話に、とりあえずうんうん、だねだね、と口調をマイコに似せるようにして返事をした。
学部の教授がぞろぞろと入ってきて自己紹介をし、一緒に入学式会場まで並んでいくというので、私たちはざわざわと教室を出ながら番号順に並び、近くの子たちと自己紹介をしながら移動した。
前を歩いていた男子に声をかけられても、名前を言うくらいしかできない私にくらべて、マイコは、どこ高? 何入試入学? もしかして帰国子女とか? と色々話しかけて、すぐに打ち解けているように見えた。
私はマイコと男子の間で、交互に目をやりながら、あぁうん、あはは、そうだよね、うんうん、とただ相づちを打ちつづけた。
彼はケン君、彼はケン君、と頭の中で何度も繰り返して名前を忘れないようにした。
入学式がはじまるまでの間に、スマホを何度も取り出して、すでに何人ものメッセージアカウントを登録することができて、アカウント名と本名と顔を一致させるのが難しかった。それでも、一人一人と友達が増えていくのが目に見えて、やった大学生活なんとかなりそう、という気持ちが湧いてきた。
お母さんに、友達できたから安心してー式場までもうすぐだよー、とメッセージを送ると、いつも通りクマのようなウサギのような変顔のスタンプが送られてきた。隣で私のスマホをのぞいていたのか、マイコが、これママ? 超若いね! と高い声で言った。
昨日まで寂しい一人暮らしをなぐさめてくれていたまなぽんにも友達できたかも、とメッセージを送ると、よかったじゃん、とすぐに返事をくれた。どんな子ね? と返ってきたので、トウキョウガールって感じの積極的な子、と書くと、良い子だといいね、と続いたので、まだわかんないね、と返事をした。見てないよね? とマイコに目をやると、ケン君とさらに違う男子とやぁだーうけるーと言って腕をポンポンとしていた。あと男子ともう仲いい、とメッセージに書き足すと、あーゆーみんも変わっちゃうんねー、と返ってきたので、いやいやないじゃろないじゃろ、と返事をした。
明日うちおいでよ、と言うと、もち行くねー、と返事がきて、大学の新しい友達とずっと友達のまいぽんと、全然違うのにこれからの生活が楽しみになってきている自分に気づいて、思わず、用もないのに、マイコたちに、ねぇねぇ! と声をかけていた。
声をかけておいて、なんだっけ? と言った私に、マイコとケン君とまだ誰か分からない男子が、なんだよぉー、と何がおかしいのかも分からないまま、テンション高くみんなで騒いだ。
心の中で、あぁ大学生だ、私きっとこの子達とうまくやっていくんだ、と小躍りできる気分になっていた。